連載小説
[TOP][目次]
対談=開高健&淀川長治
◇対談=淀川長治(映画評論家)1984年(キネマ旬報にて)
「淀川」 今日、私、楽しみにしてました。
     開高さんが私を呼んでくれたので、どうしても来たくなったのね。
     どうしてかと言うと、
     私は非常に淫乱な性分で見たら好きになっちゃうんですね。
     一緒のお風呂に入りたくなっちゃう。
「開高」 ウハッ。
     その中で一番好きなのがこういう顔なんです。
     まあるい顔でいかにも地蔵さんのような顔。
     こういう顔の人は優しくて、大好き。
     どこかの受賞式で私は初対面なのに開高さんにほっぺを・・・・ 
     いやらしいと思ったんでしょうね(笑い)。
     そしたら奥さんが「淀川さん、私の主人をとらないで」って。
「開高」 今まで押さえていた酒、いっぺんに頭に来てしまったようです・・。
「淀川」 いい顔ねあんた。
「開高」 いやいや・・・(笑い)。今日の話しは淀川さん一人で充分じゃない
     ですか?
「淀川」 それはダメ。あなたとおしゃべりすることで、
     私の人生の歴史にひとつの輝きができるんですから。
     私は日本の男性でこのぐらいタフで、
     このぐらいサッパリしていて、このぐらいキザじゃなくて、このくら
     い好色的なくせに好色でなくて、こんなん珍しいと思います。
「開高」 圧倒されますなあ。
「淀川」 嘘ばっかり、はい、それではお話しましょ。
     けど今あなたの発音、やっぱり関西の方やね、どこですのん?
「開高」 大阪です。
「淀川」 大阪でんな。だから大阪の匂いがしてね。もうまたいっそう好きにな 
     りました。この人、アメリカでもどこへ行ってもヘミングウェイみた
     いだけど、きっと女の人にもてたでしょう。
「開高」 いやいや、たいした事ありません(笑い)。
「淀川」 なかなか色気があるのね。
「開高」 もう何をしゃべったのか分からなくなったわ。
「開高」 私、四年ほど前にニューヨークへ行って、秘密セックスクラブという
     のにはいりまして・・。
「淀川」 いやらしい、どんなことしますの、そこは?
「開高」 大したことないです。そういうクラブなんですけど、なぜか酒を売る
     ライセンスを持ってないんです。
「淀川」 はあ、おもしろいね。昭和の初め頃まで禁酒でしたね。
     全部コーヒー茶碗、中はウイスキーでね。
     でも酒の好きな人、酒を止められたら、困るわね。
「開高」 それはあきませんな。
「淀川」 だからホモを止められたら困るね。(笑)
     今のは冗談ですけど、とにかく、好きなものを止められるのはいけま
     せんね。
「開高」 酒に話を戻しましょうか・・・。
「淀川」 私、酒の話で泣いた事があるの。黒澤明の「虎の尾を踏む男達」。
     あなたもご存じの弁慶が義経をかばうところ、義経の関所越えね。
     弁慶が酒を勧められ大きな盃でガーッと飲む。呑んだあと富樫がじっ
     と見送るところはいつもは泣かぬ弁慶がポロポロ泣くところが、
     何ともよくてなあァ、僕はあの弁慶と義経、ホモだと思います。
「開高」 えっ?
「淀川」 うそですよ、今のは冗談です。(笑い)
「開高」 そういう事もあるかと思います。あらわに描いてないけど、
     あれはホモなんじゃないか思われるような場面はよくありますね。
「淀川」 話を変えましょう。
「開高」 どうもそちらの方に興味がおありなのかと思っちゃったんですよ。
     私の偏見でした。
「淀川」 あなたの顔を見ていたらそんな気になってきたの。
「開高」 淀川さんと話していると時のたつのもを忘れてしまう・・。
「淀川」 あんた笑ったら可愛いらしいな。
「開高」 淀川さんはさすがは話術の達人、当代、稀な人、尊敬申し上げます。
「淀川」 この録音テープは大切にして僕の棺桶に入れてもらおう。
「開高」 いや、本当にどうもありがとうございました。 

24/11/20 17:49更新 / 勘助
戻る 次へ

TOP | 感想

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35c